• FASTとは
  • F
  • A
  • S
  • T
  • FAST

脳梗塞コラム

第8回 脳梗塞のわずかなサインを見逃さなかったから、今の私がある
      山本順寛さんの場合(東京工科大学応用生物学部 教授)

[2014.01.07.]



脳梗塞の治療薬の1つ、脳保護薬の開発にも関わった東京工科大学応用生物学部教授の山本順寛さんは、健康長寿を目的とする「抗加齢医化学」研究の第一人者です。実は、8年前に脳梗塞を体験した山本さんに、発症前後の様子からリハビリテーション、社会復帰に至るまでの経過を伺いました。

朝の歯磨きがうまくできない!――53歳で脳梗塞を発症

遠くの山並みを見晴らせる山本さんの教授室に、ちょこんと置かれていたのはかわいいラクダのぬいぐるみ。横浜・野毛山動物園の人気者、ふたこぶラクダのツガルさんを模したものだとか。
「これは、私の大切なガールフレンドです。世界最長寿のラクダで、今37歳。私の脳梗塞体験は、このラクダにつながるんですよ」とほほ笑む山本さん。さて、その種明かしは最後に取っておくとして・・・・・・。

山本さんが脳梗塞を発症したのは、2006年の冬、53歳のときのことでした。
「2006年2月4日の立春の日、朝起きたら、右の手足が何かおかしいんです。一番強く違和感を覚えたのは、朝食後に歯を磨いているときでした。普段は無意識で自在に手を動かすのに、いつものように手を曲げられず、思うところに届かない。ちゃんと磨けないのです」

その瞬間、山本さんは、とっさに脳梗塞ではないかとひらめいたといいます。「明らかに、右手だけでなく右足にもしびれ感があったので、これはもう脳梗塞だろう、やっちゃったなあ、と思いました」

片側の手と足にしびれや違和感が出た場合、脳の病気が疑われるという予備知識があった山本さんは、すぐに研究仲間でもある脳外科の専門医に電話をしたといいます。
「右の手足の異変を伝えると、じゃあ、すぐに来院してください、と言われたのです」。歩くことができた山本さんは、渋滞の心配のない電車で病院に向かいました。

脳の左視床に脳梗塞の病巣がくっきり!

普通、手足にしびれがあっても、そのうち治まるだろうと軽く考え、放置しがちですが、山本さんの場合、症状に気付いた段階ですぐにアクションを起こしたことが、良好なその後の結果につながったようです。

「病院では頭部CTとMRI検査が行われ、脳梗塞を発症しているので即入院! と言われました。急いで家内に電話して、着替えなどを持って来てもらい、大学にも連絡したのです」

MRIの画像検査では、左の「視床」に脳梗塞の病巣が認められました。脳のほぼ中央部にある視床は、さまざまな感覚器官から信号を受け取って大脳皮質に送る中継点となっている非常に重要な部位です。左の視床部に関連した異常として、右手足のしびれや感覚異常が起こっていたと考えられます。

多忙でストレスフルな時期。前日にはしびれの前兆が……

脳梗塞を発症する前年の4月から、大学の学部長という要職に就いていた山本さんは、非常に忙しい日々を送っていたそうです。
「発症前日は、学内での会議や都心の会場で就職懇談会があり、過密なスケジュールでした。実は、何か体がおかしいという感じがあり、わずかなしびれも感じていましたが、すぐに治まりました。後から考えれば、あれが脳梗塞の前兆だったのでしょうね。その時点で病院に行けば一番よかったのかもしれませんが、忙しさに追われていたため、そこまでは考えられませんでした」

脳梗塞の発症には、ストレスが関係するのではないかともいわれていますが、山本さんの場合、発症の背景には、多忙による疲れがあったことは間違いないようです。

点滴治療により、スーッとしびれが消えていく……

入院当日から、薬物療法による治療が始まりました。山本さんの場合は脳保護薬の点滴を中心とした薬物治療が行われました。脳保護薬は、山本さんご自身が開発に関わった治療薬でもあり、不思議な縁が感じられます。
「1日2回、脳保護薬を点滴しました。点滴をしてしばらくすると、右手足のしびれがスーッと消えていくんです。そして、それが数時間持続するという感じでしたね。脳保護薬は、脳梗塞後に発生する活性酸素(フリーラジカル)を消去して脳の浮腫やダメージを予防するはたらきがありますが、なぜしびれがとれるかは未だに謎です」

点滴による治療の結果、しびれ感は徐々に軽減していきました。

早期のリハビリテーションで、日常生活を取り戻す

入院して2日目からは、薬の治療と並行してリハビリテーションもスタート。主に「リハビリテーション室に移動して、最初は右手を使う練習をしました。大豆をお箸でつまんだり、右から左の器に移したり、何かをギュッと掴んだりを繰り返しました。握力計で測ると、右手の握力は左手よりかなり弱くなっていました」

山本さんは、右手を使う練習とともに歩く練習もしました。麻痺の程度が強くないため歩行器などの器具を使うことはなかったそうですが、歩行リハビリもしっかりとやっていきました。

そして、入院から2週間で無事に退院。退院する頃には、しびれもほとんどなくなり、右手も概ね自在に使えるようになっていたといいます。
「本当のことを言うと、今でもほんの少し右手にしびれが残っていて、左手より握力がやや弱いんですよ。パソコンの入力時にときどきミスタッチをするんです。人からはわからないようですけどね」

確かに、パソコン入力の仕草をする山本さんの右手は、違和感なくごくスムーズに動いているように見えました。

現在の山本さんの姿からは、脳の重要な部分に梗塞が起こっても、発見が早く、軽症のうちに治療できれば、本人に違和感は残るでしょうが、後遺症もほとんどなく生活することができる、ということを教えてもらいました。

血圧のコントロールを中心に再発予防

退院後、以前と同じペースで仕事を続けているという山本さんですが、再発予防のために、血圧のコントロールをしているといいます。
「私は以前から高血圧だったのですが、私の家系が代々高血圧なのだから仕方がないと特に対策を講じていなかったのです。でも、高血圧は脳梗塞のリスクであると肝に銘じ、退院後はきちんと薬を飲んでコントロールすることにしました。以前は150mmHgぐらいあった最高血圧が、現在は130 mmHgぐらいで落ち着いています」

血圧コントロールのほかにも、脳梗塞の発症を機に生活の見直しもしたそうです。食事に関しては、奥様が以前にも増してバランスに気を配ってくださるそうです。
「フィギュアスケートの高橋大輔選手など、多くのスポーツ選手の栄養アドバイザーをしている石川三知さんは、炭水化物とタンパク質、野菜の摂取比率を1対1対2にするとよいといっていますが、家内の作る食事も大体そうなっています」

生活全般では、食事だけではなく運動も大切です。退院後は、できるだけ階段を使うことを心がけ、大学でも9階の自室まで階段を使っていたそうです。最近は、速歩を心がけているという山本さんは、「実は歩く速度と寿命には関係があるんですよ」といいます。アメリカで行われた共同研究の文献を示しながら、山本さんは言葉を続けます。
「歩く速度と寿命を調べた結果、歩く速度が速い人ほど明らかに長生きすることが明らかになりました。非常に綺麗なデータです」

脳梗塞後の健康の維持にも、最新の知見を生かして実践している山本さんのお話は、非常に説得力がありました。

後遺症を少しでも軽くする秘訣は、脳梗塞の症状を知って、専門医を受診すること

脳梗塞の体験者からのアドバイスとして、山本さんは次のように話します。
「まず、脳梗塞の症状を知っておき、専門医のいる病院に早く行くことがもっとも大事なことです」

脳梗塞の症状を知らないと、しびれなどのサインがあっても重大性に気づかず、そのままにしていたり、近所のクリニックや整形外科などにかかったりしているうちに、時間をロスすることになります。この時間をロスしている間も脳梗塞は進行していくのです。

脳梗塞発症のサインは次の3つです。顔の麻痺はないか、片方の腕に麻痺はないか、ろれつはしっかりしているかをチェックしてみてください。さらに、これら3つのうち、1つでも該当したら、発症時刻を確認して、専門医のいる病院へ向かってください。


「現在では、血栓を溶かすt-PAという薬も使えるようになり、症状に早く気づいて早く専門医のいる病院に行けば、後遺症なく治る確率が高くなっています。私はたまたま専門医を知っていましたが、皆さんは、躊躇することなく一刻も早く救急車を呼び、脳梗塞の専門医を受診することが大切だと思います」

病気を経験して、健康長寿研究への熱意がさらに高まる

脳梗塞を克服した山本さんは、今、どのような心境なのか伺うと――。
「今でこそ笑いながらお話していますが、脳の視床という大切な場所で梗塞を起こしたのですから、ひょっとすると、この世からさよならしていたかもしれません。助かったということは、もう一働きせよ、ということだと思うんです。もっと仕事をしなきゃいけないんだな、と一番感じましたね。それから、脳保護薬を開発しておいてよかったなあ、と思いました。多くの人間が開発に携わった訳ですが、効能を実感できたのは自分が最初だと思います。ラッキーでした」

現在、山本さんは「もう一働きしなくては!」という思いを胸に、健康長寿をめざす「抗加齢医化学研究」の一環として、コエンザイムQ10の研究を推進しているといいます。

冒頭でご紹介した高齢ラクダのツガルさんは、今から5年前には、あと1年もつかと生命を危ぶまれていたとか。ところが、コエンザイムQ10を与えたら、1カ月で毛づやがよくなり、3カ月で夏バテも改善し、床ずれも治ったそうです。山本さんの研究しているコエンザイムQ10を摂取して、ラクダの長寿記録を更新しているツガルさんを、とても親しく愛おしく感じているようです。
「ラクダさんだけでなく、アシカやカバさんの床ずれも治っているんです。すごいことだと思います。今後も、健康長寿実現のために、研究を進めていくつもりです」

ラクダさんのぬいぐるみを手に微笑む山本さんの言葉から、生かされた命を研究に注ぐ熱意が伝わってきました。

(取材協力/東京工科大学応用生物学部教授・工学博士 山本順寛さん)

コラムの目次へ