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脳梗塞コラム

第1回 有名先輩患者から学ぶ脳梗塞のサイン、そのときどうしたのか[2008.4.20.]

※坂上二郎氏は、2011年3月10日ご逝去されました。謹んで、ご冥福をお祈りいたします。

「脳梗塞に襲われたのは、ある日、突然のことでした」

脳梗塞の患者さんのほとんどはこう語ります。たしかに青天の霹靂だったというケースもありますが、明らかな前兆が見られるケースも少なくありません。どのような兆候があるのか、いまは脳梗塞から立ち直り元気に活躍している先輩患者からしっかりと学ぶことが求められています。

栗本慎一郎さんの場合

経済人類学者の栗本慎一郎さんが脳梗塞に倒れたのは、いまから9年前(1999年)、58歳のときのことです。その日の早朝、お茶の水から上野池之端まで散歩し、宿泊先に戻るためタクシーを止めました。後部座席に乗りこみ「東京医科歯科大学へ」と告げたところ、運転手が「えっ」と聞き返してきたのです。

イラスト:栗本慎一郎さんの場合

「タウギョウ・イラシラ・ダイガク」

自分も心の中で「えっ」と叫んだといいます。いつもの自分の声とは似ても似つかないものだったからです。
タクシーの後部座席に座っているうちに左足が棒のようになり、次第に左半身がどんどん重くなっていきました。
実は、栗本さんは2週間前から東京医科歯科大医学部附属病院に、年に一度の「治療・検査」のため入院していたのです。とくに異常も見つからず、退院するその日に脳梗塞の発作に襲われたのです。

さすがだったのは、すぐに「脳に異常が起きた」と自ら察知したことです。タクシーからようやく降り、自力で病室に戻るその途中、「脳梗塞が起きたのではないかと思います」と担当の医師に自己申告しているのです。

いまから思い返せば、脳梗塞発症のいくつものサインがあったと振り返っています。まず普段の血圧はたいしたことがないものの、乱高下気味の高血圧傾向が認められていたことです。発症の2、3ヵ月前から、舌が軽くもつれる感じを覚えていたとも語っています。

なによりも前の晩に風呂場で少しフラリとしたそうです。朝、起きたときは左半身が重く、ベッドにはりつけられているような気がしたというのです。さらに早朝の散歩の途中、2日前に立ち寄った100円ショップがどうしても見つからないという短期の記憶喪失を招いていました。左足が突っ張るような感じもしていたのに、そのままお茶の水から上野池之端まで4500歩も歩いてしまったのです。

坂上二郎さんの場合

コント55号の坂上二郎さんが脳梗塞で倒れたのは2003年の9月、69歳のときです。埼玉のゴルフコース平成倶楽部の6番ホールで、アイアンショットを打とうとしたのに、なぜかうまく打てなかったのです。それもそのはず、左手がクラブから離れてブラーンと下がり、右手だけを使って一生懸命打とうとしていたからです。本人はまったくそのことに気づいていなかったと言います。

坂上さんが幸運だったのは、一緒にコースを回っていたのが友人の寺尾誠心院長(高松病院)だったことです。「脳梗塞だ」と気づいた寺尾院長から芝の上に横になるように指示され、すぐさま呼ばれた救急車で病院に運ばれたのです。

イラスト:坂上二郎さんの場合

坂上さんの脳梗塞にもたしかな前兆がありました。その1〜2ヵ月前の健康診断で不整脈が出ていたのです。薬の処方を受けただけで帰宅したのですが、まさか不整脈で心臓の中に血栓ができやすくなり、その血栓が脳へ飛んで脳梗塞を起こしかねないとまでは思い至りませんでした。

重要なのは脳梗塞の明確な兆候が2日前に起こっていたことです。カラオケの会でビールをコップについでもらっているときに、突然、コップを持っていた手がブルブルと震えだしたのです。震えを止めようとしても、なかなか止まりません。20〜30秒続いた後、ようやく震えが止まったと言います。脳梗塞の前兆である一過性脳虚血発作が起こっていたのです。

西城秀樹さんの場合

歌手の西城秀樹さんが脳梗塞を発症したのは2003年6月、48歳のときでした。韓国・済州島のホテルで起きてすぐに顔を洗っていたところ、洗面台の鏡に映った自分の顔に違和感を覚えたのです。左の頬が少し下がり、歪んでいるように見えたのでした。

不安になって現地の病院にすぐ駆けつけると、「脳梗塞の疑いがある」と告げられました。しかし、その日の夜に予定されていたホテルのディナーショーを急きょ取りやめるわけにもいかず、責任感の強い西城さんは無理を押して出演したのです。翌日、帰国の途につき、成田空港から慶應病院へ直行し、その日のうちに脳梗塞との確定診断が下され入院生活を余儀なくされることになりました。

イラスト:西城秀樹さんの場合

西城さんにも脳梗塞発症の前兆ははっきりと出ていました。いつもはジムで運動すれば爽快な気分を味わえたものが、1週間前から肩の凝りや疲れが残るようになっていたのです。ディナーショーの前日の夕方には、はっきりとした兆候が現れていました。サウナに入ると疲れやうっとうしい気分が一掃されるのに、妙な眠気に襲われたのです。

部屋に戻ったものの、シャツの袖に手を通そうとするのがもどかしい。ボタンをかけるのに時間もかかり、立っているのも辛く感じられたのです。頭の中ではすでに異変が起きていたのです。

真屋順子さんの場合

「欽ちゃんの奥さん」として知られる女優の真屋順子さんが脳梗塞を発症したのは2004年の4月、62歳のときです。その4年前(2000年)に脳出血で倒れ左半身不随となったものの、執念のリハビリで舞台復帰を果たして再び活躍し始めたときに、今度は脳梗塞を招いてしまったのです。

真屋さんが脳梗塞を起こしたのは朝のことです。「ろれつが回らず、言葉がおかしい」と気づいた息子の健一郎さんが、すぐに病院へ連れていったところ脳深部の血管が詰まっていると診断されました。

突然、脳梗塞に襲われたように思われた真屋さんにも、その前兆はありました。前年の秋に一過性脳虚血発作を起こしていたのです。もちろん、本格的な脳梗塞を予防するために医師の治療を受けていました。真屋さんは非常に真面目な人柄で、きちんと医師の指示を守り、生活習慣の改善にも努めていたのですが、講演や舞台稽古が一段落したその矢先に脳梗塞に襲われてしまったのです。

脳梗塞は脳の動脈が詰まることから発症します。詰まるところの血管によってさまざまな異なる兆候が見られるので、サインを見逃すことも少なくありません。しかし、先輩患者の貴重な体験をわが身に置き換えて学び、可能な限り、脳梗塞のサインを見逃さないようにしたいものです。

参考資料
出典『栗本慎一郎の脳梗塞になったらあなたはどうする』〈栗本慎一郎著、たちばな出版〉
『脳梗塞をぶっ飛ばせ。』〈坂上二郎著、主婦と生活社〉
『あきらめない』〈西城秀樹著、二見書房〉
『ありのまま』〈真屋順子・高津住男著、主婦の友社〉、他)

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