脳梗塞は時間との闘いです。

脳梗塞コラム

第9回 急性期におけるリハビリテーション 脳梗塞治療の現場では……A

[2009.01.27.]

脳梗塞の発症直後から始める急性期リハビリテーション

東京都済生会中央病院・脳卒中センターリハビリテーション科医長後藤 淳先生

脳梗塞のリハビリテーションは発症後間もない時期の急性期リハビリと、全身状態が落ち着いた段階の回復期リハビリ、さらに患者の自立生活を維持するための維持期リハビリの3段階に大きく分けられます。なかでも最近、とくに重視されるようになったのが急性期リハビリテーションです。
「急性期リハビリは脳梗塞の患者さんが病院へ運びこまれてきた当日から治療と平行して始めます。かつては『倒れた直後の脳卒中の患者は動かすな』と言われていました。しかし、現在は病状が不安定な発症直後の急性期であっても、さまざまな形でより早くリハビリを始めることがよりよい回復につながるとわかってきたからです」
こう指摘するのは東京都済生会中央病院の後藤淳先生(脳卒中センター、リハビリテーション科医長)です。

急性期リハビリは機能の回復を大きく左右する

急性期のリハビリテーションの目的は、廃用症候群と呼ばれる寝たきりに伴う筋力低下や運動麻痺によって手足の関節が固くなる拘縮や床ずれなどを防ぐだけでなく、日常生活動作の早期獲得にあります。脳梗塞を発症させた患者をそのまま寝かせていると、肺塞栓症、誤嚥性肺炎、無気肺、感染症などさまざまな全身の合併症の危険も高まり、脳梗塞後うつのリスクにもなります。
「急性期にはまず手足を正しい位置に固定する良肢位保持(りょうしいほじ)や、関節を動かす筋肉の弾力性を維持する ための関節可動域訓練、床ずれを防ぐための体位交換などのリハビリを行います。 脳梗塞の病型を見ながら、注意深くベッドアップを行い、上半身を起こして座った姿勢を保持する座位耐性訓練や、立ちあがって起立した姿勢を維持するための立位耐性訓練、歩行訓練なども始めます」
急性期のリハビリが求められるのは、その後の回復期における機能回復のための積極的リハビリテーションの成果を大きく左右するからです。
「事実、欧米のストロークユニット(脳卒中センター、脳卒中専用病棟)では24時間365日、医師や看護師、臨床検査技師のほかに、理学療法士(PT)や作業療法士(OT)、言語聴覚士(ST)、臨床心理士、ケースワーカーなどを加えた多職種による急性期脳卒中専門チームが発症直後から治療とリハビリの両面から患者を診て、社会復帰に向け大きな成果をあげているのです」

関節可動域訓練
関節可動域訓練

歩行訓練
歩行訓練

早期リハビリの有効性を確認した厚労省研究班の研究

日本でも厚労省研究班(班長:長谷川泰弘教授・聖マリアンナ医大)の共同研究によって、急性期における早期リハビリの有効性が確かめられています。
「この共同研究では発症後3日以内に入院した脳卒中(脳梗塞と脳出血のみ)の患者さん1,134人を対象に、入院直後土日や休日が多くて早期リハビリを受けた日数が少ない患者さんと、そうでない患者さんを比較し、日常生活活動などリハビリの成果を調べてみたのです」
具体的には入院後3週間(21日)までの間に早期リハビリを受けた日数(平均)により、@12日、A14日、B15日の3つの患者グループに分けて早期リハビリの成果を調べました。
「早期リハビリの成果は、リハビリを受けた日数の多寡により大きく異なることが明確に示されました。患者さんが発症後1人で立つことのできた日がもっとも早かったのは(15日のグループ)だったのです。そして、退院直後から自立して生活できる患者さんや、急性期の病院からほかに転院することなく自宅へ帰れる患者さんなどもすべて早期リハビリをもっとも多く受けられた(15日のグループ)がいちばん多かったのです」
さらに入院中の死亡率も、早期リハビリがもっとも少なかった(12日のグループ)が6.6%にのぼったのに対し、もっとも多かった(15日グループ)はわずか2.4%にとどまったのです。


入院後3週間までの土日休日を除くリハビリ日数と退院先

入院後3週間までの土日休日を除くリハビリ日数と退院先
(発症3日以内入院脳卒中1,134例のリハビリを含む実稼働日数(実日数中央値12日、14日、15日)に患者の転帰を検討した)

臨床病型によって異なる急性期リハビリのリスク

重要なのは脳梗塞の患者の約95%以上で急性期のリハビリが有用かつ安全であると確かめられたことです。ただし、約5%の人では発症3週間以内の急性期に症状の増悪や再発などを招きかねないことから、慎重なリハビリを必要とするグループがあることもわかりました。
先の厚労省研究班の共同研究では急性期リハビリのリスクに関しても検討され、脳梗塞の3つの臨床病型(びょうけい)、@ラクナ梗塞、Aアテローム血栓性脳梗塞、B心原性脳塞栓症(「脳梗塞の種類」参照)により増悪や再発のリスクの異なることも明らかにされました。
「急性期リハビリのリスクがもっとも小さいのは、脳の細い動脈が詰まるラクナ梗塞でした。一方、リスクがもっとも高いのは、脳の比較的太い血管である中大(ちゅうだい)脳動脈や椎骨(ついこつ)・脳底(のうてい)動脈など主幹(しゅかん)動脈が詰まるアテローム血栓性脳梗塞です」

アテローム血栓性脳梗塞の患者のリハビリはより慎重に

現在、MRI検査などによる脳梗塞の病型診断によってラクナ梗塞と判明した場合、発症当日から早期リハビリを行うのが原則とされています。心原性脳塞栓症の場合も発症当日からの早期リハビリが可能とされていますが、重症度などに応じて慎重なリハビリが求められます。アテローム血栓性脳梗塞の場合、発症後2〜3日は症状の増悪や再発が予測され、かなり慎重なリハビリが不可欠とされています。
大切なのは慎重な早期リハビリが求められることであり、決して早期リハビリが不要なわけではありません。リスクを踏まえた慎重な早期リハビリの開始によって、スムーズに日常生活動作などを回復させることができるのです。
「私どもの脳卒中センターでも、心原性脳塞栓症やアテローム血栓性脳梗塞の場合、1人ひとりの患者さんをリハビリ専門医と看護師、理学療法士などの医療スタッフが注意深く観察しながら早期リハビリを開始しています」

急性期リハビリに慎重な内科医、積極的なリハビリ医

興味深いのは、@内科の医師、A脳神経外科の医師、Bリハビリ科の医師との間に、急性期の早期リハビリに関して微妙な温度差があることです。先の厚労省研究班の共同研究では全国752の医療機関の@内科医、A脳神経外科医、Bリハビリ科医を対象に専門科別アンケート調査も行ったのですが、次の2つの質問に対する各科の医師の回答結果を見ると一目瞭然です。
Aの質問「早すぎる訓練開始、時には頭位挙上(頭をあげること)だけでも症候の増悪が起こりうる」と考えるか?
Bの質問「症候に進行・動揺がみられる場合でも、積極的な座位・立位訓練を開始するか?」

B 症候に進行・動揺がみられる場合でも積極的
に座位・立位訓練を開始するか

B 症候に進行・動揺がみられる場合でも積極的に座位・立位訓練を開始するか

A「早すぎる訓練開始、時には頭位挙上の許可
だけでも症候の憎悪が起こりうると考えるか

A「早すぎる訓練開始、時には頭位挙上の許可だけでも症候の憎悪が起こりうると考えるか


「2つの質問にもっとも慎重な回答を数多く寄せたのが内科医で、もっとも積極的な回答を数多く寄せたのがリハビリ科の医師だったのです。つまり医師の間でも、専門とする診療科が異なると、急性期の早期リハビリに対する姿勢に微妙な温度差があるのです。従って、脳梗塞などの急性期の早期リハビリに関しては、患者さんごとに各科の医師をはじめ、看護師や理学療法士など多職種の医療スタッフが一堂に会して慎重な検討を行ったうえで実行するチーム医療が求められるのです」

切実に望まれている急性期リハビリの充実

カンファレンス
カンファレンス

後藤先生がリハビリを指導する東京都済生会中央病院は、日本で最初に各科の医師はもちろん、理学療法士など多職種を加えた脳卒中専門チームがつくられた病院です。そして、1人ひとりの患者さんごとに多職種によるリハビリ・カンファレンスが行われ、脳卒中の急性期リハビリに注力して優れた実績を残してきました。いわば急性期リハビリの日本のリーディング・ホスピタルともいえます。
現在、大学病院などをはじめ多くの病院では、リハビリスタッフのマンパワーが決定的に不足しています。リハビリは脳梗塞の後遺障害を克服するテコであり、人間回復に欠くことのできない手段です。急性期リハビリを支えるための手厚い体制の整備と充実が切実に求められています。


取材協力および撮影協力:東京都済生会中央病院・脳卒中センター・リハビリテーション科医長 後藤淳先生

(参考資料:出典 厚労省研究班(班長:長谷川泰弘教授・聖マリアンナ医大)の共同研究「脳卒中急性期におけるリハビリテーションの実態、適応及び評価に関する研究」

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